生来持っている大きな風景

こんな洗剤があったなんて!おはようございます、吉野実岐子です。

「うまくやろう」と意識が働くと、余計なところに力が入ってしまいます。そうすると、普段はしていなかった動きがうまれ、怪我をしやすくなったり、目の前の道具などをねじ伏せようとしてしまいます。そうすると、そこに調和が失われ、自分らしい走りや自分らしい演奏や自分らしい書体が消え、味気ないものとなるだけでなく、例えばそれが演奏なら音は割れます。

せっかくその人が生来持っている大きな景色があるのに、「うまくやろう」としたことで、それがそんな風にあらわれなくなってしまうのは、惜しい以上のことです。

そして、何をしても、何かより大きなものの一部にできる力というのもあります。演奏で言ったら「立ち上がりたくない」「いつまでも聞いていたい」という感想につながりやすい感覚です。

でもそれを表すには、謙虚さが必要です。それは、大人から見たら昨日と同じ風景の中で、目をキラキラさせて無邪気に遊び続けるような、そんないのちを惜しむような感覚ともいえます。昨日と同じ風景だと舐め切り、ここにいる楽に浸る姿勢とは、真逆なんです。