常に変化を目指している

その通りだと思います。はい、おはようございます。吉野実岐子です。

自分の中にある矛盾を押し殺さず、それこそが変化のエネルギーだと認められると、意識への思い入れという信仰の締め付けは少し和らぐでしょうか?

「安定志向です」とその人の意識が言おうとも、誰もが本質的に、そして必然として変化志向です。ただ、その人の本質を十二分に生かした形でしか、変化を遂げてはいけないのです。だから、常に変化を目指しながらも、その人の本質が十分に生かされそうにないと感じると、何となく「安定志向です」と答えてしまうだけです。

今の在り方を否定するきっかけにより、今の在り方とそれを否定する状態をより望ましく満たす形へ移行できると、変化したと表せます。より望ましく満たす形へ移行できないと、常に変化を目指している状態にとどまるのです。


意識への思い入れ

「わかっているけど、やめられない」とき、自分の無能さや怠惰を責めることから、あなたにはもう離れてほしいのです。そんなことを一昨日から、お伝えしています。

そういうとき「よりコントロールを強めよう」と意識がしゃしゃり出て、どんどん意識化しようと気合いを入れて、結局それで問題は解決したでしょうか?気づけても、そこで停止してきませんでしたか?

そこで、みなさんはもう気づかせていただくべきなのです。自分をコントロールしていたものは、自分の意識ではなく、深い心だったということに。意識への思い入れが強いほど、ここになかなかたどり着けず、みなさんの内側は破れ果てていただろうと思います。

意識への思い入れは、もはや信仰に近いレベルで存在しています。しかし、少しでも考えてみればその幻想をやぶるのは、障子を破るより簡単で、大掃除前に障子をぶすぶす破るあの快楽以上のものを、もたらしてくれるでしょう。


意識の望むまま、変化してはいけない

昨日の続きです。 

深い心を敵だとみなし「意識の望むままに変容しよう」「意識の基準において変化をつくろう」とすると、その試みはまずもって失敗します。それだけでなく、自分に傷をつけ、より自分を不自由にしてしまうこともあります。

意識的な存在として生きることを、社会が求める面は確かにあるものの、わたしたちの足場となるのは、この深い心の方です。足場から立たない目標が達成されないのは、ごく当たり前のことです。深い心の方をぐっと意識に引き寄せようとすることこそ、つまずきの第一歩なのです。

実際、みなさんのすべてを取り仕切っているのは、この深い心の方です。今までこの深い心をぞんざいに扱ったり、敵視したことを謝ることが、みなさんが本来のご自身と調和するところへ運ばれていくために、今したいことです。


むしろ逆

年末の記事の中で、昼は副腎皮質ホルモンの分泌が増え、夜は成長ホルモンの分泌が増えると書きました。

昼の状態は、いわば反撃の体勢です。夜の状態は、いわば屈伏の体勢です。そしてここからが重要ですが、反撃も屈伏も、どちらも生き延びるために必要なものです。

反撃が勝ちで、屈伏が負けではないんです。人生において大切なのは、勝利を勝ち取ることではなく、成功することです。成功のため、この真逆に見える2つが備わっているのです。

反撃の態勢をとると、免疫系の活動と精神活動は、低下します。屈伏の態勢をとると、免疫系の活動と精神活動は向上します。

コロナで免疫を上げたい人は多いと思いますが、勝ってやると意気込んでいる反撃の態勢だと、それはかなわないわけです。交感神経優位の状態、つまり副腎皮質ホルモンがたくさん出ている昼間の状態にあると、てきぱき動いたりしていて、免疫が高そうに見えるかもしれませんが、むしろ逆なのです。

また、目覚めている状態で、頭が真っ白になり身体が全く動かないような経験があるなら、それは猛獣に食べられているときに起こる反応を経験したのだと、今知ってください。それは、同意でも許容でもましてや恍惚でもなく、夜道でヘッドライトに照らされたちつくす野生動物の状態なのです。このことを、法曹界の方にはもっと知って頂きたいと思っています。


特に、夜勤やシフト制で働く方へ

夜勤があったり、時間が大きくずれるシフト制で働いている方は、以下を頭の中に入れておくと、心身を健やかに保つ工夫を始められるでしょう。

まず、昼間は副腎皮質ホルモンが優位で、夜勤から帰ってきて朝寝るような感じや午前11時頃に昼寝すると、レム睡眠の時間が長くなります。夜間は成長ホルモンが優位で、シエスタを取ったり早い時間から眠りはじめると、ノンレム睡眠の時間が長くなります。

身体の眠りと脳の眠りがバラバラになった状態が、いわゆるナルコレプシーですが、これは治療を受けることができます。そして、起きた時に「布団/ベッドの中が温かくて気持ちいいな」という感覚がないなら、少なくとも身体の眠りの方は不十分だと言い切れます。身体の眠りが十分なら、血管がきちんとひらくので、布団/ベッドの中はちょうどよい温かさになるからです。

お仕事柄、丑三つ時に「スタッフ反省会」があったり、一番嫌なことをやらないといけない方もいらっしゃるでしょう。丑三つ時は細胞分裂がさかん、つまり生まれたての傷づきやすい細胞がたくさんある時間なので、ストレスのかかることは、極力さけるに越したことがありません。サスペンスやホラーなど、こわい映画を観て眠ったりすることは避けた方が、心疾患を減らせることもわかっています。

ぜひ、年末年始は心身ともに健やかさに向かう時間になさってください。みなさまの元旦が「あー寝床もあったかくて気持ちいい。うーん良く寝た~!」という気持ちよさに満ちて始まることを、願っています。それでは、本年もありがとうございました。どうぞ佳いお年をお迎えください。


地続きを楽しみに

明日は冬至ですね!

ハラスメントが起きると、加害者に目が向きがちかもしれませんが、実は被害者の方がすべてを操っていることがあります。そう、人格障害の状態では、客観的に一切そう見えずとも「葛藤はないから、自分は変わらなくていい」と認識します。実際、内面を変えられない状態なんです。

ただ「だから、自分の都合に合うよう、周りが変わればいい」と、自分では悩まず、人を悩ませます。迷惑をかけるんです。

そういう方が周囲にいるなら、相手との接地面の内、折り合える最小面積を割り出し、そこだけの付き合いを徹底しましょう。相手の乱れを引き受けるなら「自分と接することは、相手に有益だ」という思い上がりが、あなたにあるかもしれません。

そもそも私達は、自分と折り合えた分だけ人と折り合えます。自分と折り合える面積を広げることが先で、全ての土台です。

その土台作りをするオンラインWSを【12月26日(土)~30日(水)限定】で開催します。各回90分でSkypeを用い、各回13,200円(税込)の事前銀行振込制です。

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◆ 対象:以下いずれかより、お選びください。

  1. オンラインWS「感謝」
  2. オンラインWS「女性Ⅱ」

◆ 応募方法:
12/27(日)夜21:00必着です。以下よりお申し込みください。

 

~ご協力お願いします~

Gmailの大規模な障害もあったばかりですので、お申込みは早めにお済ませ下さい。お申し込み後のキャンセルは一切承らず、日程変更で対応します。精神病性障害で治療中 or その必要がある方はご利用頂けません。

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ぜひ、自分と折り合える面積を広げ、その地続きを楽しみにできる選択をしてみませんか?


行為でなく、存在

自分が嫌な行為をされた相手を拒絶したくなるとき、結果と状況のどちらを見ているのでしょうか?

その行為をされた状況を見ているからこそ、相手を拒絶したくなるという「一時停止」を選んでいますよね?その行為をされた状況に、こだわりつづけていますよね?そこで息を止めたように時を止め、仮死状態になっています。恨んでいます。憎しみもあるかもしれません。そして、相手という存在は、見えてきていないですよね?

相手が自分に嫌な行為をしたことに痛みを感じているなら、やはり結果ではなく状況をみています。相手の行為から目が離せない状態です。「相手が自分に嫌なことをしたのも、相手に弱さがあるからだ」と、相手を庇うのも同じように痛みを感じています。こうした痛みは、相手を拒絶したり卑下する姿勢を、含んでいます。

それだけでなく、そうやって存在でなく行為にフォーカスしている間、そんなあなた自身は弱くなってしまうのです。


裁けば、悪化する

ニュースが流れる度に、あるいは自分のパートナーがバランスを崩して何かをする度「悪いことをしたのだから」と、自分が裁判官になったつもりで、罪を認定し罰を与えようとしていませんか?

そうやって裁けば、以前よりも悪くなります。認めなくてはいけないのは、わたしたちが「起きていることを理解するには、小さすぎる」という点の方です。そして、加害者/被害者や勝ち/負けのように分離する動きに身を任せるのではなく、和解へ身をゆだねていく勇気です。平和にむかうんです。

つながりは、わたしたちが思っているよりはるかに大きなものです。その底流を流れる愛(と呼んでおきますが)の動きに気づく人は、まずいません。

バランスを崩したパートナーが不快に感じることをしてきたのなら、裁いて罰を与えるのではなく、一歩引いた視点から、自分とパートナーの両方へ、ただ微笑むのです。(ニュースであっても同じです)心の中でであれ、パートナーを非難すれば、今度はあなたが加害者になってしまうからです。


勝ち負けのない世界

「つい、がんばっちゃう」「こんなことくらいっ!と前に進もうとしてしまう」状態こそ、過剰適応です。

うまくその環境になじめなかったり、目の前に見えているハードルと思われるものを乗り越えられないと、自分を責めるのも過剰適応です。

小さい時にお母さんを助けようとして、自分が1番したいことは、我慢したかもしれません。小さい時お父さんを助けようとして、ちょっと嫌なことも「いいよ!」とにっこり笑ってきたかもしれません。

摂食障害を経験している方は、過剰適応の方が多いようです。だから相手が何か言ったとき「そう言われたんだから、そう思わないといけない」と自分に強いる動きをして、混乱していることも多く見受けます。妙なタイミングで、意識が大騒ぎするバグがあるようなんです。

そこに、不健全な異性との関わりが加わると、性的なことも嫌でも飲み込んで応じてしまったり、DVの流れに入りやすくなります。

「この環境に適応しませんから!」「このハードルそもそも超えたいと思いません」と、堂々とあれることはとても大切です。

それは勝ち負けではなく、単に別の道を行くということです。別の道を行って、そもそも勝ち負けがない世界へ、ハンドルを切っていいのです。そこに広がる美しさこそ、本来のあなたなのです。


具体的に話す苦痛

サービスを受けられる時間帯など「柔軟に対応してほしい」と思ったり、相手の対応にしばしば違和感があるような場合、あなたがあなた自身の中につかみきれていない苦痛を感じています。そういう方ほど、相手が悪いと思って糾弾したり、違和感を怒りと共にぶつけることしかできない幼さを抱えていたりしますが、実際の問題はご自身にもあるのです。

例えば、常に曖昧に物事を述べる方がいますが、そういう方は具体的に話すことに苦痛を感じていて、ただ自分がそういう状態にあることを、認識できていなかったりします。具体的に聞いても、どんどん話が抽象的になってしまい、抽象化自体も正しく行われていないのです。ゆえに、嘘つきという印象を与えていることもしばしばです。

そんな風に、自分の中につかみきれていない正体不明の苦痛があるときには、知能が低下していることがあります。知能が低下する後天的な原因には「摂食障害+アルコール依存傾向」で脳が実際に委縮しているケースなどが、含まれます。

知能が低下していると、知能の高い同性の人と友達になりたがったり、同等だとみなしたがるような傲慢さが当たり前になったりします。そうして、自分が相手に負担をかけていることには、無自覚です。

脳は回復する(程度は人それぞれ)ことがわかっています。「該当する」と正直に思えた方は、回復の道へ自分を連れて行ってあげたらどうかな、と思います。


なぜかいじめられる・嫌われる

親や祖父母の話を聞いていたら「なぜだかいつもいじめられる」「いつも嫌われちゃう」という話がある場合、親や祖父母が出口のない怒りや不安を抱えていることが暗示されています。

怒りや不安を感じること自体は自然ですが、それを健全に表すことができていない点が、不健全です。この状態が続くと、脳の一部が過活動となるから、気が大きくなるとかキレるとか、狂ってるとしか思えない行動(自分を破滅させるかのような動き)をとったりします。そうすると、人が離れていくし、「関わりたくないから」と必要な情報も最低限しか共有されなくなって、いじめられてる風や嫌われてる風になっていきます。

そうすると「誰にもわかってもらえない」という万能感(誰にもわかってもらえないくらいすごい)が生まれていきます。その証拠にその辛さを変えるために、自分を変えようとは思いません。耐えることをして辛いとは言っても、自分を開いて誰かに助けてもらえる態度はとらなかったり、内省はできなかったりします。「自分で考えないと」ともう限界を感じていても耐えて、「自分で考えている劇場」を始めるのも、万能感です。「自分が何とかしないと」という発想も、既に「できない」とわかった上で思っていたりするのだから、万能感です。委ねる・任せる、といったことができないのが、万能感です。何か変えたい時、「変わらなかった!」と誰かを責めるんだけど、自分はそもそも変えることに協力せず「くるしゅうない」とお殿様気分で従順なつもりや従っているつもりなのも、万能感です。

そして、だからこそセットで絶望もついてきます。万能感と絶望はいつも1セットで、離れ離れにはなりません。「いつも悪いことが起きて…」「もう大変で絶望していて!」と聞くと、一般の皆さんは「まぁ、それは大変!なんとかしてあげないと!」と巻き込まれつつ、万能感もりもりになっていくことが多いでしょう。一方「わたしは微力なんです」と欲を少なくして、地球全体が良くなるような生き方へどんどんシフトしている人は、巻き込まれません。


今日おかず少なくない?

明らかにあなたが忙しいのに「今日おかず少なくない?」「まだこれ、アイロンかけてないの?」のような一言をパートナーに言われて、ムッとしたことはありませんか?家族構成を含むパートナーの置かれている環境にもよりますが、そういう「はぁ?」と返したくなることを言ってくるとき、あなたのパートナーはあなたに嫉妬しているんです。

「パートナーの方が外で自由な時間が使えて、お小遣いもあるのに、なんで自分に嫉妬してくるのかなんて、わからない。こっちは一日中子育てに追われてるのに!っていうか、こっちはあなたの子を育ててるんですよ!」と思うでしょうか?

でも、子供が養育者の異性である場合は特に、パートナーは嫉妬に走りやすいのです。お母さんが息子の子育てに一生懸命とか、お父さんが娘の子育てに夢中といったケースです。実際に育てている方は理解しやすいでしょうが、小さな子は(その年齢にあるなら健全と言える)万能感を持っていることもあって「僕がママを守ってあげるよ」「パパ~結婚しよう」と言ってきたりします。そうすると、お母さんやお父さんたちもキュンキュンしてしまいがちです。親がすべての時代だからこそ、子供も親をよく見ていて「ママ、ネイル変えたの?かわいいっ!」のような細かいフィードバックをくれたりしますから、なおさら恋人感がでてきます。

こんな風に、圧倒的に多い嫉妬の一つは、親→子なんです。(今日書いたのは、スーパーわかりやすいケースです)


わたしだけスルーされた…

昨日の続きです。

そうやって学習性無力の状態で「すぐあきらめちゃう」自分でいると、自分の中では「なんでなんだ!」と怒りが増産されます。現実を変えられないことに、不安も募るでしょう。

そうしていくと「混雑しているお店で、自分だけ注文をスルーされた」「一人一人名前が呼ばれる場面で、自分だけ名前を呼ばれなかった」といった不思議に見える現象も経験するでしょう。まるで自分が幽霊になったかのように、周りが振舞います。(電化製品が立て続けに壊れるとか、変えたばかりの電球が切れるといったことが続くこともあります。)

それで、余計に「嫌われないように」と堂々と生きることの真逆をやっていくようになって、すべてにおいて自分を下においていくことが、始まっていくわけです。つまり、嫉妬されまくり、うまくいかないことだらけとなります。

誰が見てもお金持ちだから、嫉妬されるわけじゃないんです。誰が見ても美人だから、嫉妬されるわけじゃないんです。誰が見ても有能だから、嫉妬されるわけじゃないんです。「自分なんか嫉妬されるわけない」という発想自体が、自分を下に置いている証です。


一周年

おかげさまで、FAPをはじめて今月で丸一年を迎えることができました。トラウマはみんなの持っている宝、であるため、その宝を使えるようにするすばらしさを一人でも多くの方に経験して頂きたく、最初は内容に見合わない安価で提供してきましたが、夏前にセッション時間100時間をこえ、クライアントさんからも「これでもまだ、全然安すぎると感じます…、居心地が悪いです」と、フィードバックを頂いていました。

そこで、一周年を機に、みなさまが「前よりは見合っているから、居心地の悪さが減った」とより感じて頂きながらも、手の届きやすさが担保された市場平均価格へと、FAPセッション費を改定します。感謝を込めて、今年いっぱいは「8,800円(税込) / 50分」(インテークは税込7,700円)という安価で提供させていただき、2021年1月1日実施分より「13,200円(税込) / 50分」(インテークは税込8,800円)を適用させていただきます。

年内は、大みそかまでお受けしています。1) 各セッション間に3日間のインターバルを置いて頂き 2)インターバルにあたる3日間はよく眠れるようスケジュールを整え 3)セッション後、車の運転のようなうっかりが生死に関わることを避けられるよう予定を組む ことを約束して頂いた上で、ご自身の才能開花や魅力UPのために、ぜひご活用いただければ光栄です。

宜しくお願い致します。


記憶力が悪い?

「記憶力が悪いんです」と、相談されることがあります。そして、ご両親もそうである場合があります。そんなケースで実は多いのが、ネグレクトによる血糖値の乱れに端を発するケースです。雑な表現をするなら、ネグレクト下を生き延びていると、親から子へと伝わるはずの衣食住の基本が、身についていないことが多いからです。

ネグレクトは「親が子供のペースに合わせていない」ことから生まれます。「育児は楽しい」「子供が本当にかわいい」と親が思っているケースであっても、十二分にネグレクトは起こっています。例えば「ここまで終えてから、子供の面倒をみる」と自分の決め事に律儀であると、子供が泣いていても、少しだけ放ってしまいます。大きな音がトラウマになっていたりすると、赤ちゃんの泣き声を聞いて頭が真っ白になってしまい、子供が泣いていてもフリーズしてしまうことがあります。

ただ、そうすると子供にとっては、オムツの不快感が続いたり(介護の面でもこれは問題)、お腹が空きすぎて飢餓状態に入るという、生きるか死ぬかの話になってくるのです。(今回はオムツの話はスルーし、後者についてだけ書きます)そうすると、子供自身のペースは踏みにじられて、親のペースによって「この後出かけるから、今ミルク飲んどいて」と、無理やりお腹いっぱいなのに詰め込まれたり、そうかと思うと飢餓状態なのに「今電車の中だから、ダメ」とミルクがもらえなかったりするジェットコースターを、繰り返し経験することになります。

そうして、血糖値が基準値以下まで下がる機能性低血糖の状態ができあがると、食べた後に具合が悪くなったり、いつもイライラするだけでなく、「記憶力が悪い」と本人が自覚するようになっていきます。そうして、そういう方のお食事は必ず乱れています。ひとりになるとお菓子に手が伸びたり、一日一食だったりという食生活もざらです。これが、血糖値の問題が改善されてくると、なんともいえないさびしさもちゃんと改善されていくんです。


ひとりでもふたり、ふたりでもひとり。

一人でいられる能力には、誰かといてもちゃんと一人でくつろげるスペースが自分の中にあることが、含まれます。原則として、小さい時に親と一緒にいながら、ちゃんと一人であったという経験が、その力に大きく寄与します。

それはやがて「a) 物理的に一人であっても、親密に感じられる誰かを心の中に感じられることで、ひとりぼっちを楽しめる感覚」と「b) 親密な誰かといても、飲み込まれるんじゃないかと不安にならず、ちゃんと一人であれる感覚」が育っていきます。

「a) 物理的に一人であっても、親密に感じられる誰かを心の中に感じられることで、ひとりぼっちを楽しめる感覚」があっても、「b) 親密な誰かといても、飲み込まれるんじゃないかと不安にならず、ちゃんと一人であれる感覚」が育っていなければ、親密になることを避けるパターンを繰り返す形で、パートナーシップがうまくいかなかったりします。

「b) 親密な誰かといても、飲み込まれるんじゃないかと不安にならず、ちゃんと一人であれる感覚」があっても、「a) 物理的に一人であっても、親密に感じられる誰かを心の中に感じられることで、ひとりぼっちを楽しめる感覚」がないと、いつも一緒にいないと不安だと相手にしがみついたりするパターンを繰り返す形で、パートナーシップがうまくいかなかったりします。

みなさんは、ひとりでいてもふたりでいても、自分を殺さずに、くつろいでいるでしょうか?


意志の強さと忍耐強さ

意志の強さと忍耐強さは、全く別物なんです。意志の強さとは、ストレスに立ち向かう能動的な力であるのに対し、忍耐力はストレスに耐える受動的な力です。

意志力が育まれないと、外から来る刺激や内から来る衝動や欲求のままに、動かされてしまいます。即ち「流されやすく」なります。だから「好きで始めたことなのに、なんで放り出すの!」と怒られたり、自分でも「なんで続けられないんだろう…」と悩むことになります。また、簡単なルールや約束をわかっていても、それを守ることができなくなります。(すなわち、一見するとADHDに見えるから、そこで誤診も生まれることがあります)

親が子供に合わせない養育(すなわちネグレクト)の中で、忍耐力と意志力の違いを認識していないと、しばしば虐待へと発展しますが、上のような状態の子供は、学校でも叱られやすかったり、昔で言う不良の仲間になりやすかったりと、安全な足場を失っていくことになります。

これを読んでいるみなさんには、忍耐力と意志力の違いを、腹の底に落としていただきたいです。


【募集スタート】単発コーチング「ふぅ~っ」

あと二ヵ月ある2020年は、今でにない変更も多く、みなさん本当に疲れたろうと思います。未だ、海外にクリスマスギフトも送れず、戦時中のようです。

疲れが出ると、自分でも気をゆるめたくなかったタイミングで勝手にゆるんでしまったり、各種ケアが追いつかず、すり減るような気持ちになるなど、望まないドミノ倒しも起きます。

一旦疲れをどっと出して、足りないケアにしっかり手を伸ばし安心を増やすことで、自分の中に自然と余裕が生まれるようにしてあげると、誰でも本領を発揮しやすくなります。今回はそんな単発コーチングの時間をみなさんと持とうと思います。

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■ 日時:≪年内に対応≫

  • 11月3日(祝)13:00~14:00
  • 11月3日(祝)20:00~21:00
  • 11月6日(金)20:30~21:30
  • ~年内の希望日時を提案

■ 対象:≪一つでもYESなら≫

  1. 今年は変更が多かった
  2. 今年はよく工夫した
  3. 今までにない喜びがあった
  4. 今までにない感謝があった
  5. 日々の優先順位が変わった
  6. パートナーを見直した
  7. 職場に失望した
  8. 子供の学校に呆れた
  9. 自分が頑張ればいいと思った
  10. みんなを励ましたいと思った
  11. 面倒だと言わないようにした
  12. 疲れたと思わないようにした
  13. 美味しくないご飯は疲れる
  14. 気温差や湿度差がもう嫌
  15. 気力が湧いてきてほしい
  16. 体力もりもりになりたい
  17. 心配しないで暮らしたい
  18. 心から大丈夫だと思いたい
  19. コーチングを試したい

■ 手段:スカイプ or 電話
■ 参加費:33,000円(税込)
■ 定員:3名まで
■ 〆切:11月2日(月)12:00

▼ お申込み:https://is.gd/fy18ke

<キャンセレーションポリシー>

お申込みと共にキャンセレーションポリシー適用となり、お受けにならずともセッション費はそのままお支払い頂きます。お申し込み後も、年内を対象として日程変更は承ります。幼児の急な発熱・弔事・天災によるライフライン断絶時などは、日程を調整し対応します。過去にクライアントだった方に限りお子様と一緒のコーチング・お子様へのフィードバックも承ります。コーチングを申込んでいいかわからない状態にある場合、そう感じる状態を詳細に表し、ご連絡下さい。


新時代のスピードなんてない。

自粛中は、現実逃避からかアフターコロナという言葉がはやって、しばらくして収束の気配がないとなると、ウィズコロナになって…と、言葉はあちこちで人と共存しています。

でも、例えば「新時代のスピード」なんて、そもそもありません。流れ続けている時間は、たとえるなら川です。川がゴーゴーと流れているときには、5㎞離れたってやっぱりゴーゴーと流れています。川がゆったり流れているときは、5km離れてもやっぱりゆったり流れているのです。

変わらない時の流れに、時代という広告と関連の深い言葉を持ってきては、さもありなんという感じで「新時代のスピード」等々言ってくる人たちは、川をみたこともないのでしょう。つまり、時間に追われる生活をしていて、時の本質には触れていないのでしょう。

あなたが本質にあれば、こういう広告絡みのワードからは、いつも自由に生きているでしょう。振り回す気満々のものに、ひっかかりもしない爽快さが、当たり前でしょう。


子供が苦しむ時

木村石鹸の商品はいいなぁと思うことが多めですが「風呂床の洗浄剤」は、ヒットでした。

さて、子供は、両親を尊敬できないと、とても苦しみます。それは、30代以降徐々にあらわれ、その後決定的になっていきます。

尊敬とは、相手を「こんなところがすごい」と評価したりジャッジすることではありません。両親に殺される子もいます。両親が歴史に残る犯罪者の子もいます。両親が誰か知らない子もいます。それでも、そこに子供から親への尊敬があると、つまり子供が親に近づいて、自然と頭が下がってしまう時、子供は苦しみから自由になっていきます。

尊敬とは、殺人鬼のような受け入れがたいことを、受容することではありません。それは受け入れなくていいのです。でも、ゆるすのです。そうしていくとき、子供は親に近づくことに成功する道へと、近づきます。


バランス感覚を養いたければ。

バランス感覚を養いたければ、空間を感じることです。これは、運動絡みのバランス感覚だけでなく、人生におけるバランス感覚も含む話です。

まずは、空間の右に何があって左に何があってという詳細を知らなくても、さっと避けられるスポーツ選手のような状態を目指していきましょう。例えば、みなさん手を上で組んで「うーん」と伸ばしながら、つい声が出ちゃたりして「今日もよく頑張ったなぁ~」となる瞬間があると思います。あの動きをしながら、右に捻ったり左後ろにそってみたりと、色々試してみるのです。

その次に、空間の質を感じるという話がでてきます。いえ、現実的には同時進行ですが、しかし、空間の質を感じるには、思い込みを生まない身体づくりが先ですので、ここでは差し控えます。

まずは、空間を感じることの大切さの片鱗だけでも受け取って頂けると、幸いです。


みんなに勧められること。

台風10号が、本当にこわいです(涙)。

気候の乱れが非常に激しく、季節感が年々薄くなってきました。7月の長雨は、植物や動物を秋に向かわせてしまったので、紅葉が始まり日陰ではたんぽぽが元気に咲きました。8月には35度以上でもトンボや蝶が飛び回り、8月下旬以降にしか出会うことのなかったバッタが、8月上旬から飛びまわっていました。

生態系がより狂ってきたので、毎年ベランダにやってくる蛙の餌取りは激しくなり、日が暮れ部屋から漏れる光に寄ってくる虫を捉えようと、カエルがしばしば窓ガラスを揺らして、その勢いやジャンプ力には驚きました。

こうした状況下では、多くの人の心身が狂うため、基準そのものの狂いも生まれやすくなります。感染者数が一定程度まで減らないにもかかわらず、周りの顔色を伺いながら「動く理由」を求めては移動し、感染させるリスクを考えず感染するリスクだけを考えているのはその一例です。

そして「動く理由」を求めてしまうのは、すでに鬱状態にあるからです。バランスを取るために躁状態に入りたくなるのです。すでに危険な状態にいるのです。

こうした環境下で、健康へ向かいたいすべての方に勧められるのは「同時に新しいことを2つ以上しない」ということです。家で過ごしていたとしても、睡眠のリズムが乱れているとしたら、もうすでに新しいことを1つしたのと同じになります。

生きていることに心から感謝が溢れるなら、自然と自分を守ろうとする動きがうまれます。


最も深い個人の秘密

夢を書き留めたり人に話したり覚えておこうとする人がいますが、結論から言うと、これはやめましょう。夢と日記は、最も深い個人の秘密です。そして、夢に至っては忘れるのがベストです。

夢分析のようなものもありますが、実際、夢日記を書き続けると、夢という無意識の采配を阻害してしまうので、うつ病等に導かれてしまいます。

また、無意識の采配がらみで付け加えるなら、特に精神病性障害については、その病が最も深かった時とその病が始まる直前のことについては、医師も本人も家族も沈黙を守り、無意識の働きを邪魔しないようにしましょう。しばらく入院していたようなケースなら、退院後の部屋が入院時とは違っているように、ベットカバーやカーテンの色を変える方が、予後に良いと分かっています。

精神病性障害にかかわらず、それ以外のありとあらゆるすべての病気において言えるのは、その人が属している家族の文化が、ゆとりのなさをよしとしたり、ギリギリの生き方をすること美学としていたり、特定のある生き方をしなければならないよう固まっている家族の中に戻ると、病は抜けなくなると言うことです。

つまり、緊張の高い家庭においてあるいは緊張の高いコミュニティーにおいて、心からの感謝は流通しないのです。


NGワードの裏には。

皆さんご自身が「病気かも」と思ったり、身近な人が不調だと話してくれた時、こんな風に返したり返された事はありませんか?

「気のせいじゃない?しばらく休めば治るよ!」

「みんな忙しくて寝不足で気持ちも落ちてる。あなただけじゃない」

「運動しないで閉じこもってるからじゃない?」

「就職活動ノイローゼ、という感じかな?でも、昨日もゲームしてたよね?実はたるんでるんじゃないの?」

「そんなに言うなら、医者に行けばいいでしょ!」

「あとちょっとで最終面接も終わるんだから、ここまで踏ん張って、その後ゆっくり治せばいいじゃない?肉でも食べに行く?」

「普段からしっかりしてないからでしょう。明日からきちんと早寝早起きを続けて、規則正しく暮らして」

「心療内科に行きたい?そんなふうに育てた覚えはありません」

「鬱病かもしれない?うちの家系にはそういう人は出たことがない。そんなよりによって、本当に何をいいだすの?」

「あなたが精神科に通っていると分かったら、お兄ちゃんの縁談に響くのよ。世間体が台無しなの。もう少ししてからにしてちょうだい」

こんな風に声をかける気持ちの裏には、想定される最悪の事態を受け止められないご本人の姿が、影絵のように見えてくる気がします。

でも、そんな風に自分を防御することに会話を進められたら、不調や「病気かも」と思った方は、全然寄り添ってもらえなくて、より迷子になってしまうでしょう。

自律の肝はゆるしですが、多くの方が自分にダメ出しをすることが自律だと思い込んでいます。その延長線上で相手も捉え、不調を抱えたり「病気かも」という他者を、叱責したり非難を加えます。また、ある意味で既に不調抱えたり「病気かも」と感じている人にとって、病気はすでに隣に常にいる人のようなものなのに、その病気を無視したり軽視したりします。そうするために、その人への励ましが、口をついて出たりするのです。

これらは、病気や健康の本質から離れたものであるだけでなく、不調を抱えていたり「病気かも」と感じている人の尊厳を踏みにじるに十分な作用を持っていると、皆さんは認識できるでしょうか?

仕事の忙しさや直近であったいじめといった1つの出来事で、人が不調を感じたり「病気かも」と感じる状態に入ることはまずありません。ここで言っている病気や不調は、精神的なものだけでなく、歯痛や喉の痛みといった身体的にみえる多くのそれを含んでいます。すべての不調や病気にとって、強がりやごまかしは有害です。

病気や不調を抱える人への接し方に悩むなら、ご自身をきちんと内省してください。そして、治療は赤の他人でなければ引き受けられないような厳粛さを持つことを、理解しましょう。


無理が通れば、病がでる。

精神的な病の発病は、中身が何であれ、無理している状態から始まるでしょう。急に勉強始めたり、あることにすごく凝り出したり、情熱的な片思いをするといったことが、無理している状態の一例です。皆さんの想像と違うものも、例に含まれていたのではないでしょうか?

余裕がない状態に本人は入っていても、周りからその人がもともと控えめ/非社交的/ひとりでいるのが好きに見えていると、周りはむしろ本人の無理を「よくなった」と評価して、見逃します。

本人の中で緊張が高まっているので、自分の価値を上下させない散歩のようなものはできなくなっていて、本人が注目していることから目をそらせなくなります。つまり、自分の価値を上げるものあるいは下げるものにしか、手を伸ばせなくなります。

ここで緊張の糸が切れる、あるいは緊張が下がることが起きれば、精神的な病からは再び遠ざかることができます。しかし、そうならず、関係妄想も大いに含めた上で、全てに意味を見出し始めると、もうおむすびころりんすってんてんの状態です。

それまで勉強しなかった人が、急に人が変わったように勉強を始めたり、異性に興味がなかった人が恋におちてそればかりになったり、ダラダラしていた人が急に朝から晩まで働くようになるといった無理は、自分に感謝がないところから生まれています。


揺らして調える

今日から配信されるのを、楽しみにしていました!

さて、少なくとも5年以上ぶりに、洗濯洗剤を変えました。少し前にメーカーを変えたことを書きましたが、さらに粉石鹸にしたんです。植物性のものを試したら、確かにパッケージにあるように溶けやすかったのです。

そう書くと、もしかしたら「せっかく進んでいたのに、後退した」と受け取る方もいらっしゃるかもしれません。あるいは「周りをもっとよく見ていたら、早くここにたどり着けたんじゃないの?」とツッコミを入れたくなる方もいらっしゃるかもしれません。

ところが、この後退して見えたり回り道にみえるプロセスこそ、価値があるのです。こうした非生産的なことが重要で、何の近道であるかはオンラインWS「女性」で、参加者の方にお伝えさせていただきました。

多くの方が、迷いを悪いものと決めつけ、ぶった切ろうとします。その時、目は瞑られてしまうのです。振り払うほどのしがらみに満ちた世界にいるのです。

でも、平和はしがらみに満ちた時に初めて現実になるのかなとも、見えます。つまり、あるレベルにおいて平和と自由は両立しないのです。

そんなときに、こういう非生産的な揺れは、自由を守る役目も果たしてくれていたことが見えてきます。そして同じように、睡眠の揺れもまた、あなたの自由を何らかの形で守る役目を果たしてくれているかもしれません。その先に、本当の自信が生まれる舞台があります。


やらなきゃの実体

お盆に入りましたね。多くの支えがあって今があることを実感できる、すてきなひとときです。

さて、「これをやらなきゃ」「これもあれもしないといけない」、そんな考えがよぎることはありませんか?そういう時って、焦っていたり、やる気スィッチを入れようとしつつも、どこか空回りしている感覚を、自分の内に感じ取れるだろうと思います。

「これをやらなきゃ」「これもあれもしないといけない」、そんなことを他人からつぶやくように言われたり、何かを断る理由にされたことはありませんか?それまでの実りある楽しい時間が台無しにされるような、嫌な気持ちが必ずくっついてくる、そんなことを思い返すことができる方も、いらっしゃるかもしれません。

これが、自分を責めているということなんです。自分で「これをやらなきゃ」「これもあれもしないといけない」と思うとき、実際には自分で自分を責めています。そして、誰かが「これをやらなきゃ」「これもあれもしないといけない」という場面に立ち会うと、つまり自分で自分を責めている人を目撃することになりますから、嫌な気持ちになって当然なのです。「これをやりたいから、そろそろ」と言われた方が、より直接的なのに嫌な気持ちにはならなかったという経験を、今思い出せた方もいらっしゃるかもしれません。

オンラインWS「女性」では、こうした「自分を責める」動きから解放されていく動きが自然と生まれていき、ワークショップ終了後もそれがあなたの中でぐんぐん伸びていくよう、デザインしてあります。ぜひ、こうした動きというお守りを、多くの方にお贈りしたいなと思っています。


宝探し

「無意識にやってしまった」というと、だから無責任でいいというニュアンスが入ったり、ご本人としては呆然とした感じが入ってくるのかもしれません。

でもこれは、無意識そのものを誤解していて、無意識さんがかわいそうに思えてきてしまいます。無意識の働きの代表は、心臓など内臓を動かしてくれることです。考えてもとてもできないような大仕事を、いつもやってくれている偉大な存在こそが、無意識です。

もし、無意識に何かをできたら、そこにはそれをしたという記憶がちゃんとありつつも、淡々とできてしまいます。例えば「午前中に引っ越しの準備を終えてしまう」といった、意識で考えると到底無理だと判断せざるを得ないことも、無意識が働いた状態でやれば、さらっとやってしまえて、そこで「できたー!」と大騒ぎすらしません。

意識という有限の世界に留まってがんばるより、無意識の無限の世界で一喜一憂してエネルギーを無駄遣いすることすらしなくていい自由な感触を、そっとあなたに贈ります。


休養という大仕事。

熱などの症状があるにしろないにしろ、「疲れたな」と思って休むことは、大仕事です。よく休む人がやがて働けるようになるのは自然なことですが、よく働けるけど休めない人は魑魅魍魎に他ならないでしょう。

それが2時間の休養であれ、1年間の療養生活であれ、大仕事をしているわけなのに、少し良くなってくると「休んだ期間を取り戻そう」とアクセルをふかすことは「自分は休んでたんじゃなくて怠けていたんだ」と、自分に言っているようなものではないでしょうか?治療や休養という大仕事をした後に、改めて会社で働くような仕事が待っていて、ずっと仕事続きになる方が、ほんとうではないでしょうか?

人は治りかけのとき/もうすぐこの仕事が終わるという目途がついたときなど、ヤマ気を起こして、逆に悪くしたりしやすいものです。そこでだけアクセルを吹かそうとするのではなく、同じ調子でどちらかといえばブレーキを踏むつもりでいると、すんなり休養という大仕事が終わるでしょう。

「スマホでニュースをチェックするくらいはできる」「本くらいは読める」「ちょっと部下に指示を出すくらいならできる」とヤマ気を起こして、自分に対して「怠けている」というメッセージを送るより「休養という大仕事が完了したら、次に進む」という潔さを携えて生きていきませんか?


不安と緊張=雑念まみれ

「これすごいよかった!」「朝から感動して泣いた」「うわぁー大変だ」「落ち込んだけど、音楽聞いて気分上げた」のように大騒ぎすることを、感受性の鋭さや感性の豊かさだと、捉え違いしていませんか?そんな風に大騒ぎするとき、脳内ではβ波がでています。これは、雑念まみれのときにでます。あるいは、不安や緊張まみれのときに出ます。あるいは、煩悩を持っているときに出ます。

なぜこんなに畳みかけたかというと、未来がよくならない状態を選択していることを伝えたかったからです。

大騒ぎの反対にある「じわっとうれしい」「じんわりしあわせ」といった状態だと、α波が出ています。試合前のアスリートなどは、この状態を保ったまま、この中で緊張するので、前述したβ波の緊張状態とは違う状態にあります。

「大騒ぎはいい」「大騒ぎは(人が動いてくれたりして)便利」と思っていると、未来が良くならない状態を選び続けることを自分で推奨してしまいます。だからまずは「大騒ぎでなく、じんわりしあわせの方がいい」のように、自分を誘ってあげると、不安や緊張といった不快からも疎遠になっていけるでしょう。